演奏家の健康と生活保障
関 伊佐央 (日本芸能実演家団体協議会(芸団協)芸能文化情報センター)
不注意によるケガ、オーバーユースによる故障-治療費は自己負担、仕事をキャンセルしても休業補償はない。次の仕事が来る保証もない。だから無理をしてしまう。痛めてこそ一人前、ケガや故障も実力、気合い、根性、宿命・・・ これらの(良く聞かれる)フレーズで済ませてはいけない。
スポーツの世界を見ると、教育機関、医科学領域、競技団体、国などのサポートシステムが構築されている。アメリカなどにおいて、病院や大学、財団や研究機関などが、医師と芸能実演家とのネットワークを構築し、各種研究、クリニックの開催、情報提供など、芸能実演家の健康に関する多様なサポートが行なわれているように、日本においても同様のサポートシステムを構築していくことが望まれる。
生活保障の観点からは、現在、オーケストラや一部の劇団を除き、ほとんどの芸能実演家は国の制度である労働者災害補償保険制度(労災保険)の適用を受けていない。したがって、仕事中の怪我やなんらかの障害を負った場合は自前で治療などの対応をしなければならないことが多い。
ドイツでは、「芸術家社会保険法」によって芸術家を年金保険と強制疾病保険に加入させ、他の被雇用労働者と同様に保険料の半額を作品や実演の買い手である企業等に芸術家社会税として負担させているし、フランスでは「労働法典」によって芸能実演家は労働者であると推定し、一般の労働者と同様の社会補償制度を適用している。
芸団協ではこれらを踏まえ、ケガや故障に関するサポートの一環として、まずは自身の身体について知り、日常のケアに関する情報を提供していくセミナーをスタートさせた。今後も継続的に実施していく予定である。次に、仕事上の災害を補償する観点からは、国や各政党に対して、労災補償制度の芸能実演家への適用を働きかけており、党レベルにおける検討が具体的にスタートするなどの動きも出てきている。
2001年12月に制定された「文化芸術振興基本法」は、文化芸術が心豊かな活力ある社会の形成にとって極めて重要であり、文化芸術活動を行う者の創造性が充分に尊重され、その地位の向上が図られ、能力が充分に発揮されるよう考慮することが謳われている。芸能実演家の日常的な活動の中では、この法律との関係を意識、あるいは実感する機会はあまり無いかも知れないが、この基本法の制定が芸能実演家の健康と生活保障に関わる国レベルでの動きに大きく影響している。芸団協としても、基本法の理念、趣旨に応え、文化芸術の担い手である芸能実演家の活動をサポートすべく、今後とも諸処の課題に取り組んでいく。 |